日々美々

ARTICLE PAGE

会津藩・新撰組ゆかりの寺☆金戒光明寺へ

一乗寺・中谷を出て、バスで白川通りを下り、東天王町を下車
地元の人々に“黒谷さん”と親しく呼ばれている
「金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)」に行ってみました

sayomaru8-152.jpg

永観堂や法然院、真如堂などがある、京都でも指折りの紅葉エリア「東山」にひっそりと佇み
そのはじまりは承安5年(1175年)。比叡山での修行をおえた法然上人が、この地に草庵を結んだことから、浄土宗が生まれた由緒あるお寺で、幕末京都守護職会津藩一千名の本陣にもなった事で知られています

sayomaru8-153.jpg

大きな山門があるのですが、岡崎神社の裏にある南門から入りました
広い墓地を通り、最初に見えてきたのが


にほんブログ村 美容ブログ コスメへ    
   ランキングに参加しています。今日もワンクリックお願いします 
sayomaru8-161.jpg

三重塔が見えてきます
そこへの階段の手前には、こんなモノが

sayomaru8-160a.jpg

大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」の主人公・江の供養塔
家光の乳母である春日局が、江の死後追善菩提のため建立し、遺髪が納めたそうです

三重塔に上がる途中にも

sayomaru8-155.jpg

通称アフロ仏像さま
正式名は、五劫思惟阿弥陀仏像

「五劫」とは時の長さで、一劫が五つということで
一劫とは「四十里立方(約160㎞)の大岩に、天女が三年(百年に一度という説あり)に、一度舞い降りて羽衣で撫で、その岩がついに無くなるまでの時間」のことで、五劫はその五倍ということになります

そのような気の遠くなるような時間、思惟をこらし修行をされた結果、髪の毛が伸びて渦高く螺髪を積み重ねた頭となられたそうです
何だかとても愛嬌があって、親しみを感じますね

sayomaru8-157.jpg

三重塔まで階段を上がると、眼下には京都市内が一望できます

sayomaru8-156.jpg

三重塔は1633年(寛永10)に徳川秀忠菩提の為に建立されました
運慶作と伝えられる本尊・文殊菩薩、脇侍像を安置し文殊菩薩を本尊としたため「文殊塔」とも呼ばれていて、重要文化財に指定されています

sayomaru8-162.jpg

この三重塔から左に曲がり100m先に行った所に、会津墓地があります
他にも境内に約一万基もあるお墓の中には、春日局や日本画家の竹内栖鳳などの歴史上の人物のものも多くあります
この風景は京都ならではのもの。時代を感じますね

sayomaru8-154.jpg

墓地を降りてくると、小さな橋がかかった小さな池、蓮池と極楽橋

この蓮池は別名「兜之池」と呼ばれ、熊谷直実(くまがいなおざね)が法然上人を尋ね、出家を決意して兜を置いたことからその名となったそうです

そしていよいよ、大殿である御影堂へ

sayomaru8-158.jpg

内陣正面には法然上人73歳三昧発得のお姿がお祀りされていて
昭和9年に火災にて全焼した後、昭和19年に再建されています

秋の特別公開期間には、「紫雲の庭」や、名仏師・運慶の作と伝わる文殊菩薩像、仕掛けのある「虎の襖絵」のほか、今回は大河ドラマ主人公・ 新島八重の写真や直筆の和歌、会津藩主・松平容保の遺墨、藩士の鎧兜(よろいかぶと)などゆかりの寺宝が特別公開されているそうで、今度はその時期に是非訪れたいと思いました

そうそう、御影堂の横にある筈のこれが無くなっていました

sayomaru8-164.jpg

熊谷次郎直実鎧掛けの松と名付けられた松
熊谷直実が法然上人に帰依し出家する際に、この松に鎧を掛けたと言い伝わっていたそうですが
なんと、松食い虫にやられ、枯れてしまったそうです

sayomaru8-165.jpg

光明寺の一番古いお堂の阿弥陀堂
慶長10年(1605)豊臣秀頼が再建。本尊は恵心僧都源信の最終作と伝えられている阿弥陀様がお祀りされています

sayomaru8-168.jpg

天井の雲龍図が美しいですね

sayomaru8-163.jpg
sayomaru8-166.jpg

さて、後回しになってしまいましたが、山門の方に行きましょう
去年の10月に修復工事が終わり、見事な姿に生まれ変わっていました

sayomaru8-167.jpg

この山門、見覚えのある方もたくさん居ると思いますが
ドラマや映画のロケ地として、良く使われているそうです

sayomaru8-170.jpg
sayomaru8-169.jpg

次は、金戒光明寺を出て北側にある、真如堂に向かいます
スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment